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宝くじ!宝当神社(高島)TOP>宝くじの島になったお話>発案期 発案期(平成4年12月〜平成5年12月) 平成4年12月10日。今まで報道と無縁だった高島が島おこしの一環として報道陣を呼んで記事に書いていただいた。記者は何か珍しいもの、記事になりそうなものを探していた。これといった産業の無い高島では釣り位だった。しかし、釣りだけでは記事にならない。そこで釣り客が昔話していた宝当神社の話を書いてもらった。宝くじが当たる神社。島おこしとしては上々だった。 一人の島民、野崎隆文がその記事を読み返した。 『今まで、考えもしてなかったけど読んで字のごとく』宝当だった。その時、隆文の中にイメージが降って沸いてきた。袋を作ろう。宝当の袋を作ろう。 ![]() イメージが沸いたのでそれを作ってみた。 袋なんか作ったこともないし、第一裁縫なんか全然できなかった。一番簡単にできる方法としてカッターシャツの腕の部分を切って試作品を作った。 イメージと程遠く、とても売れるものではなかった。 どうしてもイメージどおりに完成させたく、船で移動して唐津市内の生地屋さんで生地を毎日探しに行った。 色は紅白饅頭の白色と紅色に決めていた。外を白色、内を紅色にすると、とてもきれいな淡桃色が醸し出された。 やっとで20〜30個の宝当袋を作った。数週間かけて、宝当の心得をつくりメッセージを袋に詰めて無料で配布した。反応は上々だった。いけると直感した隆文は無謀にも年末ジャンボに向けて販売しようと考えた。 すでに11月になっていた。 年末ジャンボは11月25日だった。 徹夜での作業が続き、隆文一人では到底無理だった。島民のみんなに応援を仰ぎ10人程度で200個〜300個作った。 12月1日になっていた。 宝くじで創製期へ
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